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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2657号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 藤原洋子

検察官 長田栄弘

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金壱百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審並びに当審において生じた訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官の控訴趣意は、記録に編綴されている佐世保区検察庁検察官岩下武揚名義の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤)並びに第二点(採証法則に違背した事実誤認)について、

原判決は、競走用自転車は所謂コースター、又はブレーキによる制動装置を備えていないが、単純に両脚でペタルを逆に踏んで制動する型のものであつて、その速度の加減、制動は乗者の意のままに行い得ることが明らかであり、従つてかかる自転車を運転することが道路における危険を惹起し、交通の安全を脅かす虞れのあるものと速断し得ないから、被告人がかような自転車を道路上で運転したことを以て道路交通取締法施行令第十七条第九号に規定する制動装置が不完全で道路における交通に危険を及ぼす虞れある自転車を運転した場合に該当しない旨説示し、本件公訴事実を否定して、被告人に無罪の言渡をなしたことは判文自体により明らかである。

而して、道路交通取締法第二条によれば、自転車が同法施行令第十七条に所謂車馬のうちに含まれる諸車の一種に属することは明白であり、同条にいう制動装置とはコースター、又はブレーキ等制動の為に特別に設けられた仕掛けを指すものと解すべきところ、記録によると、被告人の操縦した競走用自転車は前示のごとき装置を備えず、ただ両脚でペタルを逆に踏むことによつて、惰性回転が漸次緩慢となりやがて停止する型のものであることが明らかであるので、平坦な道路を緩やかな速度で運転している場合には、ペタルを逆に踏むだけで比較的短時間内に停止し得ることが推測されるが、その制動力においてコースター又はブレーキ等の制動装置あるものに比すべくもないことは容易に首肯されるところであつて、乗者の意のままにその速度の加減、制動を行い得るものとは到底認め得られないので、かかる自転車を一般交通の用に供せられた道路を運転する場合に、一般に道路における交通に危険を及ぼす虞れがないものと断定することはできない。従つて競走用自転車も普通の自転車と同様に、前示施行令の規定する制動装置が不完全で道路における交通に危険を及ぼす虞のある諸車に該当し、これを一般交通用道路上で運転することは禁止されているものと解するを相当とする。蓋し、道路交通取締法及び同法施行令が道路における危険の防止と交通の安全とを図ることを目的として制定された立法の趣旨に照し、特に同令第十七条の規定が、前示法第八条第二項に基き、諸車の操縦者に対して公衆に危害を及ぼさないよう操縦上遵守すべき事項を明確にしたものであることに鑑みれば、およそ道路交通に危険を及ぼす虞のある諸車である限り、制動装置等その構造及び装置が不完全なもののみならず、全く制動装置等の存しないものも、これを道路上において運転することを禁止したものと見るのは当然であり、競走用自転車を道路交通取締上の諸制約に服する他の諸車と別異にして特に同条第九号の適用の外におくべき合理的理由は毫も存しないからである。さればこそ記録により明らかなごとく、取締上競走用自転車は概ね競輪場に持込んで組立させる建前をとり、これを道路上で運転する場合には警音器、及び判示のごとき制動装置を備付けしめる方針をとつているのであつて、自転車振興会連合会より同会に登録した競輪選手に対し交付されている選手手帳には、叙上の方針に則る選手の遵守すべき心得が明記されているのもこの故である。

してみると、原判決が原裁判所で取調べた証拠により、その説示のごとく認定し、本件被告人の運転した競走用自転車は判示施行令第十七条第九号に該当しないものと判断し、被告人に対し無罪の言渡をしたのは、その証拠の取捨を誤つたか、乃至は判示法令の解釈適用を誤つたものと認めるのほかなく、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠により直に判決することができるものと認めるので、刑事訴訟法第三百九十七条に則り、原判決を破棄した上、同法第四百条但書に則り、更に裁判をすることとする。

当裁判所は左記の証拠により次の事項を認定する。

(事実)

被告人は昭和三十年三月十五日午後二時十分頃佐世保市早岐陣の内免、田子の浦巡査派出所附近道路において、制動装置がないため、自転車としての装置が不完全で道路における交通に危険を及ぼす虞のある競走用自転車を運転したものである。

(証拠)

一、被告人の原審第一回並びに第三回公判調書中の各供述記載

一、被告人の司法警察員に対する供述調書の記載

一、谷村武及び井出田則男の司法警察員に対する各供述調書の記載

一、荒木春義の検察官に対する供述調書の記載

一、原審第三回公判調書中証人田崎盛の供述記載

法律に照すに、被告人の判示所為は道路交通取締法施行令第十七条第九号、第七十二条、罰金等臨時措置法第二条に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、所定金額範囲内において被告人を主文の刑に処し、刑法第十八条を適用し、その罰金を完納することができないときは金壱百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審並びに当審において生じた訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い、被告人をして負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

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